少しご報告が遅れましたが、友人の手伝いで梅雨に植えた我が苗は、立派な稲穂に
成長いたしました。
マクロビオティックといえば「玄米」ですね。古来、日本人は食べ物を神様からの
授かりものとして大切に扱われてきました。「いただきます」「ご馳走様」は神様、
食への感謝の言葉です。
第二次世界大戦後、日本を管理したGHQは日本の国威発揚を恐れ、伝統行事を改名
させました。そのひとつである「勤労感謝の日」は元来、天皇陛下が自ら行う宮中儀式
「新嘗祭(にいなめさい)」が行われる日を全国民が祝う日でした。皇居の水田で
「お田植え」をされ自ら収穫されてお米などを神前にお供えする大切な一日でした。
このように、日本人の大切にしてきた季節感、美意識が薄れてきた原因は、さらに
1873年・明治6年まで逆のぼります。諸外国に閉鎖的だった江戸幕府から開放された
明治政府が国際化の第一歩となる新しい暦である「グレゴリオ暦」を導入したからです。
季節毎の行事をずれのある新暦で行うと少し違和感があります。旧暦の早め月が沈む
上弦の月の頃の七夕では織姫、彦星が見えるのですが、現在の新暦の七夕では梅雨に
あたり、天の川が見にくくなります。新暦の正月に届く「迎春」の文字にはいつも
違和感がありました。
精度と合理性を兼ね備えた新暦は国際化社会には不可欠です。しかし、自然に則した
生活、特に食べ物の季節感がなくなって久しいです。春には「桜餅」「木の芽和え」
「菜飯」が、夏には「麦」「蕗」「筍飯」等の季語があったように、旬の食べ物を
いただき、その季節に適応できる身体に調節できる古来から伝わる食習慣をもう一度
見直す時ではないでしょうか。
慣行農法(一般に行われている農法)と違い苗の列の間が広くあいています。
この空間が実は大切。
理由のひとつは稲が精一杯分蘖(ぶんけつ)してくれるように。分蘖とは茎の根に近い
節から新しい茎が発生することです。6年目に入って、やっと目標の半ば25本にまで
分蘖してくれたそうです。
もうひとつの理由は稲と共生している様々な虫たちが暮らし易くするためだそうです。
稲よりも大きく育った雑草は一列おきに刈ります。
刈らない雑草は虫達の棲家として残すためだそうです。
8月下旬、稲の穂が出はじめて1週間が経ちました。
平らな一粒一粒が少しづつ膨らんでお米になります。
古代米のわらはとてもかたいので縄なんかとても編めないそうです。
今年はお知り合いに、正月用の締め飾りと草履を作られたそうです。残ったわらは
ゆっくり分解して土に戻ってほしいので、細かく刻むことあえてしないそうです。